本文へスキップ

社長の仕事はいつ変わるのか ── 壁に貼られたタガログ語のローテーション表

文/原田 満
塗装工場のコンクリート床に並ぶ、金属製の台車

雨だった。塗装は天候に左右される。湿度が高いと乾き方が読めなくなって、仕事が進まない。「今日は降るねぇ……」Tさんは雨漏りを気にしてる素振りをみせて、それきりだった。慣れているのだろう。

訪れたのは、前の職場で付き合いのあった磐田の塗装屋だ。久しぶりにT社長を訪ねてみた。従業員は十数人、日本人は数えるほどで、残りは色々な国から来たスタッフたち。塗料とシンナーの匂いが懐かしく鼻をついた。


雨の工場で

「日本人が少なくて困らないかって? ——別に(笑)来た人とやるしかねえじゃん」
そう言って笑った。ぼくと同年代。悲壮感はない。職人気質のTさんらしい。

それはたぶん本音であり、多少の強がりであり、置かれた現実をすべて引き受ける経営者の覚悟でもある。そのやり方でここまできた、という静かな自負が言葉の裏にはあった。

雨に濡れたフロントガラス越しに見える、ぼやけた制限速度30の標識

この春は特に厳しかったそうだ。——ナフサショック。塗料とシンナーの価格が上がり、手に入りにくくなったと連日ニュースで報じられている。だが意外にも材料にはそれほど困っていないという。「普段から仕入れ業者と深く付き合ってきたからね……」豪快に見えて準備を怠らない、彼らしい答えだった。

もともとTさんは、頼まれた仕事を断らない。この業界自体が減少傾向だ、というのもある。値段も強くは言わない。だからいつも人手が足りない。半年前から準備していた外国人スタッフが四人来日した矢先、はたと仕事が止まった。大手メーカーが、素材の供給不足を予想して、早々に仕事を止めているのだ。来日のタイミングと仕事の谷が、まともに重なって足元がぐらついた。「時期が悪いよ……本当に——」。ある大手からの実入りの良い仕事も、無期限で止まってしまったらしい。


タガログ語のローテーション表

事務所の壁に、一枚の紙が貼ってあった。スタッフの持ち場を割り振った表だ。誰がどの工程に入るか、マスがひとつずつ埋めてある。Tさんが少し誇らしげにそれを指でなぞった。

「これ、アイツが自分で作ったんだよ」

アイツ、というのは、向こうで動き回っている外国人スタッフの中心人物だ。パソコンに強く、いつのまにか外国人を束ねるようになったという。

壁に貼られたその一枚を、ぼくはただのローテーション表とは思わなかった。誰をどこに置くか。今日は混んでるから、後工程に一人足す。こっちの仕上げは彼に。——これまで、Tさんの頭の中にだけあった段取りが、紙の上で少しずつ形になりはじめている。社長の頭の中が現場へ降りてきた証拠のように思えて、一瞬、Tさんが意思を持って仕組みを整えはじめたのかな、と思った。

そう言いかけたぼくを遮って、Tさんは言った。「……俺はさ、仕上がりを自分の目で見たいんだよ。客とも喋ってたいしさ。最後はオレの目で見て仕事を完了させる。——それが俺の仕事だと思ってる」。現場から離れるつもりはまったくないらしい。人を入れ、任せ、自分は外に出るようにすれば仕事は広がるかもしれない、と頭ではわかっている、とも言った。

でも——と、向こうのアイツに目をやりながら、言葉が濁った。「あー、あの順番、この前も言ったつもりなんだけどな……なかなか、ねえ」

その「なかなか」に、彼の日常が滲んでいた。


イタリアンレストラン

工場からの帰り道、前の日に会った別の社長をふと思い浮かべた。

仮にイタリアンの店主、Jさんとしておく。海外で十年ほど腕を磨いた人で、浜松の駅前に店を構えて二十年以上になる。この人も「何でも自分でやる」タイプだった。

開店前の、人のいない暖色の灯りのレストラン店内。白い布の掛かったテーブル席が並ぶ

ホームページも自分で作る。通販事業も自分で立ち上げた。日々の数字はExcelに自分で打ち込んで管理し、販促も、集客も、システムも、最近はAIの使い方まで、ひととおり自分で試している。「パソコンなんか全然わからん」と言いながら、まず全部やってしまう。要するに、優秀だから全部できてしまうのだ。

中でも、いちばん面白かったのは値決めの話だった。Tさんが「来た仕事は受ける」人なら、Jさんはおそらく逆だ。値決めで付き合う客を決めてきた

開店したころの客単価は、今よりずっと低かった。それを、少しずつ少しずつ上げて、今ではそれなりの額になっている。途中、何度も壁があったという。ある価格を超えると、常連がすっと来なくなる。その次の段階に上げると「あそこは高い」と言われ、また客が来なくなる。何度も元に戻そうかと思った。それでも赤字を覚悟で踏ん張ると、半年ほどして、まったく層の違う客が席に着くようになった。

Jさんが価格を上げたのは儲けたいからではない。彼の中では当時から、出したい料理と手順、そこに込めるこだわりがはっきりと形になっていた。実現するには売価を替えるしかない。回転率を上げ、原価を切り詰め、日々のクレームをさばく商売では、本当に出したいものは出せない。

単価が上がると店には不思議な変化が訪れた。予約の客だけになり、食材のロスも突発の対応も減る。時間の余白が増えて、なぜかクレームは消えた。「高くしたら、いいことばっかりだったよ」と言った。値決めは、彼にとって信念と料理の質を両立させるための到達点だったのだ


全員が多能工。誰もがどこでも受けもてる

Jさんは現場の仕組みも整えた。その店は正社員が七人。アルバイトはいない。飲食業としては珍しく、全員が毎日持ち場を変える。仕込みの場、火を入れる場、ホール。昨日まで厨房にいた者が、今日はホールで皿を運ぶ。製造業でいう多能工、それとまったく同じ発想だ。

「持ち場を固定してしまうと、その仕事が誰にもできなくなる。それがいちばん困るからね……」互いの持ち場を知るスタッフは、効率良く動けるようになる。開店して客がどっと入れば、まず飲み物が要る。すると厨房から二、三人がすっと出てきて注文を取りに動く。全員が、ホールの忙しさを自分ごととしてわかっているから、「手伝って」と言う前に、身体が動いている

確かに全員にすべてを覚えさせるには、教育のコストがかかる。一人前にするまで、時間も手間もかかる。しかも全部できるようになった人間は、その気になれば独立できてしまう。それでも続けるのには、ちゃんと理由がある。
Jさんは全体を俯瞰して、自分がやるべき仕事を定義し直した。多能工化は、前に進むための改革だった。どの部分を自分でやり、どこからを整えて他者に渡すか。その線を引き直しただけで、ビジネスの質が変わった。


社長の仕事が変わるとき

Jさんは、今ではあまり店に立たないそうだ。本人が一週間抜けても、店は回る。彼の頭の中にあった段取りが「店の仕組み」になっている。レシピもiPadで読み出せる。これも最初からデジタルでやろうとしたわけではなく、適切な道具を適切な場面に当てはめて、最適化したまでだ。手順を決め、誰がやっても同じ味になるように整える。余談だが、息子さんは今のところ料理人になる気はないらしい。それでも、いつか誰かが引き継ぐことになったとき、運営のやり方を見える形に遺しておく。「自分の頭が動くうちにね」と、彼は言った。

社長の仕事が「変わる」のは、頭の中だけにあった判断や意思決定が、人へ、組織へ、仕組みへと、少しずつ移っていくことだ

Tさんは現場に立ち続けることを望み、Jさんは現場を離れることを選んだ。どちらが正しいという話ではない。自分のビジネスをどこに持っていきたいのか——、という覚悟の話だ。

あの工場で壁に貼られた表を見たとき、まったく違う業種で、まったく違う言葉を使っていて、スピード感も人間のタイプも全然違う二人の社長が、共に自分たちのやり方で前に進んでいたことが嬉しかった。オレも負けらんねぇな、と思った。


AIエージェントの、その前に

このごろ「自社専用のAIに、仕事をやらせられるようになるのか」という話をよく聞く。
気持ちはよくわかる。人が来ない。地元の工業高校には大手から声がかかり、給料も待遇も敵わない。十年後、いまのベテランがやっている仕事を、誰がやるのか——。その不安は、製造業の経営者なら、たいてい腹の底に持っている。

ただ——AIに任せる前に、そもそも人に任せられているだろうか

社長の頭の中だけに段取りがある会社では、AIに渡すものがそもそも無い。Jさんがレシピを書き出し、手順を整えてきたのはAIのためではない。自分がいなくても店が回るように、ただそれだけのためだった。けれど、人に渡すために整えたものは、その気になれば、AIにだって渡せる

話は変わるが、ちょうどいま会計ソフトの世界で、面白い枝分かれが起きている。古参のTKCは、この秋からAIを載せるが、あくまで「閉じる」方向だ。外部のAIとはつながず、自分たちの仕組みの中だけで完結させる。一方、freeeは、AIの最高責任者を置くと発表した。これからは人間よりもむしろ、AIが情報を探しやすく、使いやすいシステムに変えていくという。こちらは、裏側をAIに開く方向だ。同じ土俵で判断は両端に振れている。どちらが正しいというわけではない。ただ、片方には「開いて、他者に渡す」思想がはっきりとある。整えておけば、その先では他の道も選べる。

ちょっと2人の社長の話に似ているな、と思った。

ぼくはいつか、スマートフォンがそうだったように、製造現場にDXの仕組みが、AIが、ある日いっせいに広まると思っている。今はその前夜だ。新しもの好きだけが持っていた道具が、気づけば全員の手にある。便利だ、というただそれだけの理由で、雪なだれ式に広がる。今、どの段階にいるかは組織ごとに違う。機が熟したのか、急ぐべきなのか、まだ見えない。それでも、整えるのなら早いほうがいい。

そう考えると、あの外国人リーダーがタガログ語で描いたローテーション表も、Jさんが仕組みで店を切り盛りするようにしたことも、更にはAIエージェントも、本質的には同じことなのかもしれない。社長の頭の中にあった判断を少しずつ受け継いでいく存在。それが紙だったり、人だったり、AIであったり、ということだ。

それぞれの現場に、社長の数だけ、それぞれの答えがあるのだろう。

Tさんが「アイツ」を頼りにしながら現場を離れないのも、Jさんが仕事を再定義して仕組みを整えたのも、出発点はどちらも人だ。そこは、AIの時代になっても変わらない。何を任せるかより先に、誰に任せられるか——。そこの見極めを誤らなければ、答えはどちらに転んでもいい。AIへ渡すのはその先の話だ。


そう言えば、帰り際にもう一度、ローテーション表が目に入った。書き加えた手書きの跡がある。何度も引き直された線。Tさんは「あいつに任せてみるわ」とは、まだ言わない。それでも紙の上では、誰かの頭の中にある順番が、別の誰かへ手渡されようとしていた。

帰り道。雨はまだやまない。

言葉にならない課題をお持ちなら、いちど話してみませんか?

単なるシステムの導入ではなく、貴社の文化や文脈に寄り添う「伴走型DX支援」を行っています。 まずは雑談のような気軽な気持ちで、お持ちの課題やこれからの展望を一緒に話す(ディスカッションする)ところから始めませんか?